スピリチャル覚醒体験ブログ ホメオパシーで覚醒した実話(1)

オーストラリアへ移住してから始まった、私の不思議なノンフィクション覚醒のストーリー。今でも、私の物語は続いています。少しでも多くの方の心に触れる事を願って。

「水平線の彼方へ」 プロローグ

最近やたら”感”が働くようになった。2005年頃の事だった。ちょっと、敏感な人なら誰にでもある事だと思うけれど、日を追うごとに感度が増してきている様だった。夜ベッドに入ると眉間のあたりがムズムズしてくるのだ。

ある朝、深淵の縁から引きずり出される様にベッドで眠りから目覚め、現実の世界に戻ってきた。不意にナイフを手に持ち暴れている男のイメージが湧いた、一体何だろう?と寝ぼけた頭で考えていた。その日、近くの駅で包丁が持った男があばれて数人が怪我をしたとのニュースを後から聞いた。もう30分駅へ向かう時間が遅ければ、僕も騒ぎに巻き込まれていたはずだった。

眠りから覚める瞬間は、金色に輝くハチミツの様な時間だ。多次元の情報にアクセスできるゲートウエイなのだから。

日を追うごとに“感”は増して行き、同僚の背中を見るだけで、その人の体調がわかる様になってきた。眉間のあたりのムズムズ感は、だんだんと大きくなり、痛みを感じる程になった。

サードアイのチャクラは、第三の目というだけあって、両目をつぶっていてもそのチャクラを通して外が見える。両目で風景をみるのとは違い、見える対象物の”エッセンス”だけが感じ取れるのだ。そこには主観がなく、純粋に対象物が見える。それから10年後のヨガのセッションの時に初めてそれに気がついた。

父の影響で、子供の頃からエンジニアに憧れ、中学生の時にはプログラミングを学び、コンピュータを自ら設計して組み立てる程だった。会社では、コンピューター・システムの開発に従事していたので、論理的、合理的な世界の中にいた。

スピリチャルとは、無縁の世界にいたが、論理的、合理的な世界に身を置いていると何か、大切なものが足りない感覚は常にあった様に思う。

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人生はつまらないと思った。一定の年齢になると、幼稚園に行き、小学校に通い、中学校へ上がり、受験をして高校を大学へと進むのだ。沢山努力して、運が良ければ良い学校、良い企業へ入る事ができる。そして、それが世間では良いとされているのだ。

うまくいけば、結婚し家庭ができる。ローンを組んでマイホームを購入し、リストラにならない事を祈り、大病をしない事を願い、定年を迎え、わずかな年金に不満を言い、死んでいく。

こんな人生何が楽しいのだろう?

僕が、覚醒する片鱗は多分にあった。学生時代、数学の先生が微分の説明をしているのを聞いて、愕然とした。なぜって?だって、分母にある変数xを限りなくゼロに近づけ、分子を1にすると無限大になると言っているのだ。そこにはとてつもない秘密がかくされている気がして、大興奮だった。数式で宇宙を表す事ができるかもしれないのだ。“ゼロ”と“無限”には何かとてつもない秘密が隠されているに違いない!と思っていた。

覚醒してから、身の回りで不思議な事が沢山起こるようになったが、最近はあまり気にしなくなった。

深夜2時、息苦しさを感じで目が覚めた瞬間に、”ジャーン”という音がして寝室のあるマックが勝手に起動した。普段、ベッドから起きると、最初にパソコンの電源を入れるのが習慣になっていた。どうやら、自分の意識が勝手にマックの電源ボタンを押した様だ。先日、僕の瞑想の先生が話していたのとそっくりだ。

僕の瞑想の先生。彼女は、瞑想中に唯一の意識をトラベルする。ドアを開けようと意図しただけで、勝手に開いてしまうのだ。だから、先生の家のドアには鍵がいつもかかっている。

普通の人の感覚からすると”不思議”な話だが、瞑想家の間では常識になっている。僕ら人類は、自分たちの本来持つポテンシャルを解き放つ時期にやってきているのだ。

ホメオパシーとの出会い」へ続く

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