水平線の彼方に

地平線の彼方へ 浄化編(2)マスター・ババジとの出会い

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地平線の彼方へ 浄化編(2)

瞑想の小林先生は、東京へ転勤となったが、その後も、連絡をとりつづけ、アドバイスをもらいながら毎日、早朝と夕方に瞑想を続けた。 

カタリーナも時折、仕事の合間に僕のチャットにやってきて、おすすめの本とか、ヨガの話とか、瞑想の話など話をしていった。 

おかげで、僕の書斎は次第にスピリチャル関連の本が沢山ならびはじめた。 

ヨギの自敘伝、ギータ、死者の書、クリヤ・ヨーガ、クンダリーニ・ヨーガ、などなど。 

妻は呆れ顔で、スピリチャル系の話題は避けるようになった。 

それでも、僕のパニック障害や、うつうつとした気分は、相変わらずで、劇的に改善されることはなかった。 

ブリスベンで覚醒した時、宇宙の真理をはっきりと体験したのに、どうしてなのだろう?とがっかりだった。 

瞑想をすると気分が爽やかになるどころか、赤黒い雲の様なものが湧き上がり、気分がどんよりとしてしまう。 

一体瞑想ってどうやるのだろう、正しくやっているのかなあ?と疑問が湧き始めた。 

ある日、瞑想から出てくると気分があまりすぐれなかった。 

小林先生のアドバイスに従い、気分転換に散歩に出かけた。 

2015年2月頃だったと記憶している。 

シドニーの郊外に住んでいる僕は、幸いにも徒歩10分の距離に木々の生い茂る、ブッシュと大きな公園がいつくもあった。 

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オーストラリアの自然の助けがなければ、ここまで無事たどり着くけなかっただろう。 

僕は、瞑想から上手く抜けきらず、青白い顔をしたまま、通い慣れた小道を抜け大きな公園にたどり着いた。 

公園はとても大きく、野球場が2つはすっぽりと入ってしまう程、巨大である。 

初めてチーちゃんとこの公園を発見した時は、あまりの大きさに二人ともはしゃぎ、公園を走り回ったものだ。 

見晴らしの良い丘の上にベンチが2つ並んでいた。 

僕は、向かって左側のベンチに腰掛け、空を漂う雲を見ていた。 

すると、背後からアジア系若者がやってきた。 

髪は短めで、ジーンズに白のスニーカ、ポロシャツを着ていた。 

年齢は20代半ば。 

その若者は、僕の隣にある、もう一つのベンチに座った。 

そして、なんと“瞑想”を始めたのだ。 

驚いたことに、瞑想をする彼の姿勢は、非の打ち所のないほど完璧なのだ。 

ベンチの上でスニーカーを履いたままで両足を組み、胸を突き出すような姿勢(結跏趺坐の姿勢) 

まるで瞑想の教科書から抜け出してきたような姿だ。 

この公園には、ほぼ毎日の様に通っているが、瞑想をしている人に出会うのは、今日が初めてだ。 

ましてや“完璧”な姿勢で瞑想をしている若者を見かけたことは無い。 

時刻は、金曜日の午後2時。みんなまだ仕事、学校に行っている時間だ。 

僕は、あっけにとられ、彼の瞑想に見入っていた。 

その若者は時折チラチラと僕の方をみて、瞑想はこうしてやるのだよ、とお手本を見せてくれているかの様だった。 

僕はしばらく、彼の瞑想を見入った後、その若者に声をかけずに、その場を立ち去ってしまった。 

数年後、ある瞑想の先生からババジの話を聞いた。 

ババジはアッセンデット・マスターの一人。 

肉体を持って世界に現れる時は、二十代の若者として現れると聞いた。 

その話を耳にした時、直ぐにピンときた。 

公園で出会ったあの若者はババジだったにちがいない。 

ああ、どうして彼に話しかけなかったのだ?と僕は後悔した。 

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